ぼくなんかもうポケモン世代完全ストライクで、小学校2年~3年の頃はクラス中ポケモン一色だった。
ぼくはそれまでゲームなんてやったことがなくて(今でもほとんどやらない)、セーブ機能があることを知らないで、ずっと電源を点けっぱなしにしていた。ありがちな話だ。
買う前に母親と約束した1日1時間なんてルールはすぐに形骸化して、朝から晩まで隙あらばゲームボーイを握りしめた。いったい何本の単三電池を消費したんだろう。
今じゃポケモンは世界規模のブランドで、親子で楽しめる健全なコンテンツだけど、最初の『ポケットモンスター 赤・緑』は、なんだか怪しい雰囲気が漂っていた。
バグについては今更ぼくが語る必要もないけど、ナンセンスなテレビCMや、「電気グループ(電気グルーヴ)」「メノクラゲ(メメクラゲ、ねじ式より)」などのサブカルチャーに溢れていた。ユンゲラーやエビワラーサワムラーなんかから今でも思い出すことができる。
ぼくの記憶の中でのポケモンは、お祭りの屋台のイメージに似ている。
ギラギラした黄色の電球と、色黒で不潔なおっさん。その店に並んでいる無理やりに色をつけられたカラーひよこ。
親に知られたら絶対「こんなもん買うんじゃない」って言われそうだけど、その色とりどりのひよこを見た瞬間、欲しくてたまらない。
迷っているうちに、おっさんが脅すような大きな声で話しかけてくる。「坊主、どいつにする?」
あるいは、もっとストレートに、虫取りのことを思い出す。
夕暮れになるまで、草むらに入ってバッタを捕っていた。ほとんどは緑色のショウリョウバッタで、なるべく大きい奴を捕まえるのが偉い。たまに色の違うバッタもいて、それはレア物とされていた。中には、トノサマバッタを捕まえるヒーローもいた。
でもそれは、家に持って帰ることはできない。お母さんが怒るから。
だからって、すんなり聞き分けてキャッチ・アンド・リリースする子どもなんているわけがない。ぼくは虫カゴをこっそり玄関の隅に隠して、何食わぬ顔でご飯を食べた。
ぼくにとってのポケモンはそういうものだった。
赤・緑で主人公が旅立つ前に、家にあるテレビを調べると、こんなメッセージが流れる。
テレビで えいがを やってる!
おとこのこが 4にん
せんろのうえを あるいてる…
… ぼくも もう いかなきゃ!
『スタンド・バイ・ミー』へのオマージュだ。ちなみにリメイク版のファイアレッド・リーフグリーンで主人公を女の子にすると、代わりに『オズの魔法使い』が流れている。
ポケモンには他のRPGと違って、宿屋がない。ポケモンに大きな影響を与えている『MOTHER』だって、回復はホテルでするのに。ポケモンセンターにベッドのひとつくらいあってもいいはずだ。でもそれがない。
ポケモンっていうのは、あくまで少年が家から遊びに出かけて、帰ってくるまでの話なんだ。ドラゴンと戦ったり、世界を救うような冒険じゃない。草むらをかき分けたり、車の下を覗きこんだりしたら、ほんとうにポケモンがいるかもしれないって思った。
『ポケットモンスター THE ORIGIN』っていう赤・緑に沿ったアニメが一昨年くらいに放送されたけど、それにはポケモンの持っていた怪しさや身近さが抜け落ちていた。
2016年の『ポケットモンスター サン・ムーン』の舞台はまだ公開されてないけど、ぼくはタイやベトナムみたいな東南アジアだったらいいなって思う。発展途上のゴミゴミした感じ。
小学校2年生だった頃の、ポケモンに抱いていた気持ちを少しだけ、思い出せるかもしれないから。