山奥ニートと火事
散歩から帰って、うとうとしていた午後6時ごろ。「火事だ!」という声が聞こえた。
飛び起きて外に出ると、小雨が降っていた。みんなが走るほうに振り向くと、坂を50mほど登った先にある家からオレンジ色の火が吹き出していた。
はるこむぎさんは既に消火栓にホースを繋げているところで、僕はホースを持って現場へと走る。2本のホースは繋がったが、それでも火が出ている風呂場へ直接水を浴びせるには少し届かない。
ヨシ君は裏側から水をかけるため、別の消火栓へ向かった。
僕は庭にあるホースを使って消火しようとしていた家のおばちゃんと交代。 しかしか細い家庭用ホースでは焼け石に水といった具合で、炎はどんどん強くなり、空が暗くなっていたが、火柱の光が集落中を照らしていた。
指の感覚がなくなるほど強くホースの口を押さえて、火元へ届くよう願う。
白い煙がもうもうと家の前に道に横たわり、それを吸い込んでしまった僕は頭がくらくらし始めた。十分な距離を取っているように思えたけど、熱は顔をジリジリと焼き始めて、パーカーのフードを被っても我慢できないほどになっていた。
パリンと窓が割れる音がし始め、爆発音もときおり聞こえた。家は既に半分以上炎に包まれていた。
ようやく消防団が到着して、僕らはその指示に従って動く。物置にあった灯油を運び出す。消防車のためにスクーターを移動させる。ホースのねじれを直す。
僕らが消火を始めてから1時間ほど経って、ようやく町から消防車が来た。その頃にはもう母屋だけではなく、倉庫や離れにも燃え移っていた。
消防隊員が来てからは、村の人たちと一緒に遠くから炎を眺めていた。服も靴も泥だらけになっていて、手を擦りむいていることに今更気付いた。小雨は降り続いていて、「濡れるぞ」と村のおじいちゃんに言われて傘を差し向けられたけど、もうほとんどびしょ濡れだったので断った。
村の人が山に火が燃え移りそうになっていたのを見つけたので、それを消防隊員に伝えた後、僕は家に戻って着替えた。
これ以上手伝えることはなさそうだったので、同じく疲れているだろうヨシ君とはるこむぎさんのためにうどんを作り始めた。気持ちが落ち着くような、甘辛いすき焼き風の煮込みうどんにした。しばらくしてヨシ君が帰ってきて「僕も料理作ろうかと思ってました」と言った。はるこむぎさんも戻ってきて、僕に「怒鳴ってごめんね」と言った。怒鳴られたことは覚えてなかったけど、お互い声を張り上げて指示を出していたのでそのことだろう。「こういう時怒鳴らないでいつ怒鳴るんですか」と言っておいた。
それからしばらくして、火は収まったらしい。
その家にはおばちゃんとお孫さんの2人が住んでいた。僕たちに仕事を頼んでくれたことも何度かあった。後から聞いたところによると、出火当時はお孫さんひとりだけで、おばちゃんは仕事に行っていたらしい。原因は風呂の空焚きだろうと言われている。怪我人はいなかったけど、あれだけ燃えたらあの家に住み続けるのは無理だろう。
次の日、僕の体は全身ガタガタで、一歩足をあげるごとにギシギシ軋んだ。いつの間にか火事場の馬鹿力を出していたようだ。昨日の現場を覗くと、炭化して真っ黒になった柱が見えた。その周りには警察が集まっていて検証を行っていた。