earth music&ecologyのCMが流れるたびに、恥ずかしくなる。
なんも悪いことしてないのに!
このブログの名前は、高校生の時に最初にブログを開設した時に付けたもの。だから今更いじられると恥ずかしい。やめて!
まだ中二病が完治していなかったその頃のぼくは、クラスの誰も聴いてないであろうブルーハーツが好きだったんだ。
そして、当時のブログ名はなんか詩的な感じにするものだったんだよ。今では信じられないことだけど。
ヒマラヤほどの消しゴムひとつ
楽しいことをたくさんしたい
ミサイルほどのペンを片手に
おもしろい事をたくさんしたい
『1000のバイオリン』の歌詞は本当に大好きだ。
明るさと暗さ、暑さと寒さ、逆のものが交互に出てくるようになってるんだよね。
夜の扉を開けて行こう
支配者達はイビキをかいてる
扉閉めてるくらいだから、寒いとか風が強いんじゃないかな。最初の「ヒマラヤほどの」に引っ張られて冬のイメージがある。
何度でも夏の匂いを嗅ごう
危ない橋を渡って来たんだ
そのまんま夏。しかも昼下がりから夕方にかけての光景が思い浮かぶ。「何度でも」っていうのがいいよね。小学生のときのなつやすみの気分をいつまでも、ってのはクロマニヨンズになった今でもよく出てくるモチーフだ。
夜の金網をくぐり抜け
今しか見る事が出来ないものや
また夜になる。
ハックルベリーに会いに行く
台無しにした昨日は帳消しだ
そういえばこの部分を引用してるブログがありますね。ハックルベリーはもちろん児童文学『トム・ソーヤーの冒険』。
誰かに金を貸してた気がする
そんなことはもうどうでもいいのだ
児童文学を出した次に、金を貸した話になって今度は真逆の大人の話になる。
思い出は熱いトタン屋根の上
アイスクリームみたいに溶けてった
最後は熱いトタンと、冷たいアイスクリーム両方を出す。次々と反対のことを出していく連想ゲームみたいな歌詞だ。
特にぼくが好きなのはこの部分。
誰かに金を貸してた気がする
そんなことはもうどうでもいいのだ
ぼくは大人になるってことは、いろんなことがどうでもよくなることだと思ってる。
子どもの時は、お気に入りの輪ゴムがなくなっただけで凹むけど、大人になるにつれてそういうことってなくなるじゃんか。
それは、その気になれば手に入ることを学習するからだけど、この世界のほとんどのことが代替可能なものだ。別にあってもなくても一緒。これは突き詰めていくと仏教的な話になると思うんだけど、案外ブルーハーツの歌ってそういうのに近いと感じるんだよね。色即是空、諸行無常。
言いたいこと多すぎて、まとまらなくなっちゃったな。
とりあえず、宮崎あおいがひとりで歌ってて「あ、可愛いなー」と思わせた瞬間、画面が引いて彼氏が現れる構成は殺しにかかってますね。間違いない、戦争です。
最後に、これ書くためにせっかく他のブログ調べたのでリンク貼っときます。